何もしないでボーっとすることの大切さ

電車に乗ったりするとよく思うのが、「みんな忙しそうだなあ」ということです。

最近だと、ほぼ全員がスマホをいじっています。電車の中だけではありません。たとえば、僕が実家に帰ってもうちの親はテレビを見ていたり、PCをいじっていたり、掃除をしたり。すごい人だと、お風呂の中でもスマホやキンドルを持ち込んでインプットしていたりします。そういう人の話を聞くと僕は「まじかよ???」と思ってしまいます。それらを全否定するつもりはありませんが、みんな常に「何か」しているのです。何もしていない時間がほとんどない(24時間監視しているわけではないので厳密には言い切れませんが。見る限りは。)。

少しくらい何もせずにぼーっとする時がたまにあっても良いんじゃないかなと思います。

というのも、何もしていない時間こそ、良いアイディアが浮かんだり、リフレッシュできて頭がクリアになるからです。

何もしていない時間というのは一見すると無駄です。でも、今のようにスマホが普及する前は、みんな電車の中やバスの時間で、ぼーとしたり考え事をする時間があったのではないでしょうか。

そして、その頃と比較して、「自分が時間を有効に活用できている」「思考力があがった」「時間にゆとりがでてきた」という人は少ないはず。

むしろ、たいしてやりたくもないスマホゲームに時間を奪われていたり、ストレートネックや肩こりに悩んでいたりとスマホやせわしない時間がマイナスに働いている人が多い。

NHKスペシャルの「ひらめきと記憶の正体」という番組によると人が、「ひらめいた」と感じるアイディアが思い浮かぶ瞬間というのは「ぼーっとしている」時のようです。

自分がぼーっとしていると感じても、脳は活動を停止しているわけではなく一斉に活動しているとのこと。

学生の時の実体験でも勉強中やテスト中に「うーん、うーん」とどんなに考えても思い出せなかったり、解けなかったりした問題が、家に帰ってぼーとしているときや、お風呂に入ってリラックスしている時に、解法が思い浮かぶということがよくありました。

もちろん、1日中、何もせず、ぼーっとしているのは論外ですが、インプットをある程度したら意識的にぼーっとする時間を作り、アウトプットに生かすというのはとても生産的な行為のようです。

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